What's U.S. Southern Cooking?

私がはじめて、アメリカ南部の料理を口にしたのは、今からかれこれ10年以上 も前のことになる。その当時私は、観光でアトランタのマーティン・ルーサー・キング牧師の記念館をたまたま訪れ ており、その記念館の2階に、アメリカ南部の伝統的な料理を出すカフェがあった。 そのとき、何気にそのカフェで 遅めのランチをとったのが、最初の経験だ。その時、歩き疲れて、ひどく空腹だったことも一因したと思うが、アメリカ にもこんなにおいしいものがあったのか、ひどく感激したことをよく覚えている。その後縁があって、ジョージアにある 大学に留学する機会に恵まれたのだが、留学先にジョージアを選んだ理由の一つは、南部に行けば、おいしいものが一杯 食べられる、と思いがあったことは否定できない。留学中何人かの日本人にジョージアで出会う機会があったが、さすが に「食べ物がおいしいから」という理由で、ジョージアに留学しにきた人には出会ったことはない。しかし、南部料理を 知る彼女たちは、「私も南部料理が大好きだ」と皆口をそろえて言っていたので、南部料理が好きな日本人はかなり多い のではないかと思う。

このように私が知る限り、アメリカの南部で生活したことがある日本人には、とても好評 なのだが、残念ながら、日本で生活している日本人で、アメリカ南部料理と聞いて、どういう料理か思い浮かぶ人はそれほど 多くないだろう。それどころか、アメリカ料理?と聞いても、思い当たるメニューは、ごくわずかかも知れない。 私たちはベトナム料理と聞けば、生春巻きやフォーと呼ばれる麺類やベトナム風のサンドイッチを想像するし、タイ料理なら、 トムヤムクンやタイ風のグリーンカレーを思い出す。台湾料理なら、スターアニスの香り漂う豚肉料理やピータン豆腐、イタ リア料理なら色とりどりのパスタやパリッと香ばしいイタリア風ピザ...今日の日本の食卓をかざる外国料理の種類の数は、 きっと世界一豊富に違いない。しかしアメリカ料理??... いったいそれは普段私たちが食べているハンバーグやグラタン とどう違うのだろうか?...

その答えはかなり違う。とくにアメリカ南部の食事に限って言うならば、その答えは全く違う。

アトランタのBuckhead にあるWhole Foods のデリ。カラード グリーンやマカロニ アンド チーズなど代表的な南部料理が並ぶ。


私たちが言わば"洋食"と称して日常食べているハンバーグやカレーライスの数々。 実はこれらの食事は主に1920年代以降、日本人シェフが日本人のために考え出した、 立派な日本食。しかも彼らがモデルにしたのは、イギリスやフランスの食文化。今日 のようにアメリカ文化の大量輸入が本格化したのは、戦後になってからだ。おそらく アメリカの食文化を最もリアルに日本で再現しているのは、マクドナルドやケンタッキーフライドチキン、 あるいはスターバックスだろう。アメリカ人はとにかく、自分たちの食文化を世界中に輸出するのに熱心だ。 しかし一見アメリカの食文化と同じにみえるファーストフードの数々も、実は日本で販売されているものの 多くはかなり日本の食生活にあうように localize されている。さらにファースト フードはアメリカの食生活のごく一部にしか過ぎない。アメリカの一般家庭のキッチンに備え付けられた 豪勢な設備はただのオブジェではなく、家庭で料理する文化は今日のアメリカにおいても健在なのだから。

さてそれではいわゆるアメリカ料理と、アメリカ南部の食生活は どう違うのだろうか?アメリカ南部の食文化は、アメリカ北部の食文化と比較して、どのような特徴があるの だろうか?

アメリカのみならず、広大な国土をもつ中国やインドなどでは、北と南では伝統的な家庭 での食生活はがらっとかわる。これらの国々では原則として、北が麦の食文化で、南が米 の食文化である。このようにその土地の気候と風土によって、食生活が大きく左右される 傾向は、アメリカでも同じである。とくに Deep South と呼ばれる11州 (メリーランド、ヴァージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージア、 フロリダ、テネシー、ケンタッキー、アラバマ、ミネソタ、ルイジアナ)では、 Southern hospitality と称されるような、独自の生活習慣を共有している と言われる。もともと小麦は寒い地域の作物であり、暑い南部では、イースト菌を使ったパンに 必要不可欠な、でんぷん質の高い小麦の栽培に不向きである。現在では流通が発達しているので、 南部でもイースト・ブレッドが食卓に上ることはあるが、パン以外の主食、 米やコーンなどを含む多様な作物を主体とする固有の食文化が発達したことが、この地域の大きな 特色でもある。南部料理好きな日本人が多いのは、この地の食文化が非常に米を多用することと、 無関係ではないだろう。米だけではなく、アメリカ南部はかつてのアメリカの一大農産地帯。 米、コーン、豆、様々な野菜など、豊富な食材と様々な食文化の融合によって生み出された 料理の数々が、アメリカ南部料理の真髄だと私は思う。

African Heritage?

アメリカ人でも混同するのが、 ソウルフード(soul food) と 南部料理(Southern food) の区別である。 レストランガイドなどでも、この2つは同じカテゴリーに分類されることが 多いから、まあ一般的には、あまり深く区別されていないと言ってもよいだろう。

そもそもソウルフードという言葉が使われだしたのは、比較的最近である。 アメリカの北部に移り住んだ、アメリカ南部出身のアフリカ系アメリカ人 たちが、彼らが故郷で食べていた料理のことを "soul food" と1960年代に称するようになったのがルーツである。すなわち、 "soul food"とは非常に多様な意味に解釈できる言葉である。まず最も広義な意味では、 文字通り soulful なもの。最も好んで食し、日常的な家庭生活で欠かすことの できない最も重要な料理。この場合、その料理が日本料理であるアメリカ料理あるか、中国料理であるかは、全く関係ない。 しかし、1960年代の当時、北部に住むアメリカ系アメリカ人たちの多くが、家族的なルーツをアメリカ南部にもっていたので、彼らが言う "soul food"は、彼らが故郷で食べていた一般的な アメリカ南部の料理のことと言って間違いないであろう。しかしもう 少し穿った見方をするとしたら、 soul food とは、 アメリカ南部でとくに黒人たちによって、好んで食されていた料理に 限定されるのかもしれない。そしてさらに細かく言うならば、 soul food とは、アメリカ南部出身の黒人たちが、 アメリカの北部で今日食べている料理のみを指すのかもしれない。 アメリカ南部から北部主要都市への、アフリカ系アメリカ人の民族的 大移動は、主に1920年代から始まっている。アメリカ北部の食文化に 合わせて、彼らがアメリカ南部の故郷で食べていた料理も、それから 今日の間に、いくらか変容していった可能性も否定できない。

すなわち、一体アメリカ南部でアフリカ系アメリカ人たちが食べていた 料理というのは、一般的なアメリカ南部の食生活と違うのだろうか? また今日アメリカ北部でアフリカ系アメリカ人が"soul food" と称して 食べている料理は、アメリカ南部の黒人たちが食べている料理と 同じなのだろうか?

このようなこれらの細かい点においては、答えを出すことはそう簡単ではない。 単純な一般化は慎むべきだが、私がジョージアで二年間生活し、その後ニューヨーク で半年ほど暮らした経験から言えることは、まず今日のジョージアでは、 概して白人も黒人もみな同じものを食べている。食生活は人種よりも、 その家族の出身地に左右されることの方が大きい。しかし同じものも ジョージアの黒人は圧倒的に soul food, そして白人は Southern food と言うことが多い。 一方、ニューヨークの黒人がsoul food と称しているものは、 非常に一般的な南部の家庭料理である。あえて南部の食事との違いを言うとするならば、 概して北部のsoul food の方が味付けがこく、かなり old fasion のような印象を受ける。南部料理は 伝統的に味付けがこく、油を多用した料理としてされているのだが、健康志向が強くなり、 油ものが敬遠されたりするようになれば、近年ではその影響を受けて、味付けも軽くなって きたりする。しかしなぜか、ニューヨークのsoul food 、 いまだ1920年代のままなのではないかといった感じである。

しかし南部料理を理解する上で、一つだけ、強調しておきたいことがある。 今日アメリカ南部に家族的なルーツをもつ黒人たちも、さらにその昔、南部の黒人たちは、民族的なルーツをアフリカ にもっていたと言う点である。アメリカ南部の歴史的な変遷と、アメリカ南部の食文化を理解する上で、 アフリカの食文化の影響力は絶大であり、決して無視することが出来ない重要な要素であるということだ。 ルイジアナやノース・カロライナなど、奴隷貿易が最もさかんであった地域で、南部独特の食文化が 発展していったこと、単なる偶然ではない。 奴隷貿易によって、新大陸にもたらされたものは、極端に安価な労働力だけではない。オクラ、すいか、 ピーナッツや豆類など、いくつかのアフリカ原産の食物が、アメリカ南部にもたらされた。さらに米や豆類など、 アフリカの食文化と類似性をもつ食物は、アフリカ出身の彼らが好んで食することにより、アメリカ南部に根強 く、広く普及した。そして彼らにとっては貴重なエネルギー源である、脂身の多い豚肉を料理に広く利用する手法を 生み出した。たとえ、奴隷制度時代とその直後において、彼らが食しているものと、アメリカ南部の白人が食して いるものとは全く別だったとしても、これらの食習慣と調理技法は、黒人シェフが幅広く白人家庭の厨房を賄うことに よって、アメリカ南部の食文化全体に、多大な影響をもたらしていったことは間違いない。

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