before Baking

アメリカ南部式ベーキング

 オーブンを使って、パンやお菓子を焼くことをベーキング (baking)と言います。焼いたお菓子やパンを売っているお店がベーカリー(bakery) で、お菓子やパンを焼く人がベイカー(baker) です。アメリカではフランスや日本のように、ベーカリー、ケーキ屋さんやパン屋さんは多くはありません。その代わり、自宅でパンやお菓子を作る人が非常に多く、どこの家のキッチンでも、大きなオーブンが設えつけられています。とくに南部で一般的なコーンブレッドやビスケットが、スーパーやベーカリーで売っているのをみることは稀です。一から手作りするのが大変だと感じる人でも、手軽に焼ける箱に入っているコーンブレッド用のミックス粉や、冷凍のビスケット生地なども売っているので、これらを利用して自宅で焼いています。たとえ、一から全て手作りしなくても、自宅で焼き立てを食べるお菓子やパンは何事にも代え難いと思います。

 ベーキングという言葉からわかる通り、アメリカではお菓子とパンと違いが曖昧です。パンに該当する英語はブレッド(bread)ですが、Banana Breadや、Pumpkin Bread など、日本人の味覚からすると、ケーキのような甘いものであっても、ローフ型に入れて焼くものであれば、ほとんどブレッドと呼ばれます。ブレッドは大別すると、酵母を使って発酵させて焼くイーストブレッド(yeast bread) とベーキングパウダーや重曹など、イースト以外の膨張剤を使用するクイックブレッド(quick bread)に分類できます。ローフ型を使わない、マフィンやコーンブレッドなども、この点においては、クイックブレッドとみなされます。イーストブレッドは、グルテンの多い小麦粉を使って、パンの弾力性を増す必要がありますが、このようなパン用の小麦粉、強力粉は寒冷地でしか収穫できません。従って、一年を通じて比較的気温の温かい南部では、伝統的にコーンブレッドなどのクイックブレッドが主に作られてきました。今日でも、アメリカ南部では、White Lily などのグルテン量が少なく、軽い口当たりで焼き上げることができる、薄力粉のような小麦粉が好まれる傾向があります。

 イースト菌を入れて、生地を捏ね上げて、長時間ねかせて発酵させる必要があるイーストブレッドに比べて、クイックブレッドは、その名の通り、すぐに焼き上げることができ、しかも作り方も非常に簡単で、家庭でも簡単に手作りできます。さらにアメリカのベーキングの方法は、日本で一般的に行われている方法と比較すると、驚くほど簡単です。これは、日本ではお菓子作りもパン作りも、基本的に家庭で行うものというよりは、専門の職人が行ってきたという歴史的な違いよるものだと思います。

小麦粉の種類と選び方

 アメリカで一般的にベーキングに使われている小麦粉は、all purpose flour と呼ばれるもので、その名のとおり、「全ての目的に使える小麦粉」です。パンにもお菓子にも使うことができ、グルテンを形成するたんぱく質の含有量はだいたい、10パーセント前後のものが多いようです。あえて、日本で似たような小麦粉を探せば、中力粉や準強力粉と呼ばれているものが該当しますが、必ずしもこれらを使う必要はありません。家庭で行うベーキングで優先すべきことは、常に同じ材料を使って、一定の品質を維持することではなく、冷蔵庫やパントリーにある材料を効率よく消費することです。基本的には、手元にある材料で作ればよいと思います。しかしあえてもし仕上がりこだわるのであれば、ビスケットやパイ生地などは、軽い食感が重要なので、薄力粉の方が仕上がりがよいです。一方、マフィンやスコーンなど、ある程度重量感が欲しいと思うものは、中力粉を使うのがお薦めです。またベーキングとは関係ありませんが、ペシャメルソースやルーを作るときに使う小麦粉は、グルテンが多い多いものの方がだまになりにくく使いやすいので、これも中力粉、もしくは強力粉を使う方が適しています。

小麦粉はふるいにかけるべき?

日本のお菓子作りの本には、ほとんどの場合は小麦粉は生地に混ぜる前に、最低でも一回はふるいにかけるように、中には二回ふるいにかけるように、書いてあることもあります。ところが、アメリカのベーキングの本では、ふるいにかけるように記述があることは稀です。これは、一つには、日本では、だまになりやすい薄力粉を使用しているためと考えられます。実際、中力粉を使う場合でも、一度篩にかけた方が、とくにマフィンなど最後に粉類を液体に混ぜ合わせるような場合は、仕上がりがよくなります。時間的に余裕があり、どうせ作るなら、とことんこだわりたいという人なら、粉類はふるいにかけた方がいいでしょう。また、重曹や黒砂糖など、そのままだとだまになりやすい材料を使うときは、少し注意が必要です。一方、最初に油脂類と粉類を混ぜ合わせるような、ビスケットやパイ生地などの場合、ふるいにかける必要はありません。それ以外の場合でも、多くの場合は、失敗なくおいしく仕上がります。家庭で行うベーキングは、自分自身が納得する方法で、無理なく楽に、楽しんで行うことが最も重要だと思います。

小麦粉の量り方

 日本のお菓子の本でも、アメリカのベーキングの本でも、ほとんどの場合、正確な計量(exact measuring) が重要であると書いてあります。小麦粉や砂糖など、ドライな材料に対して、牛乳や卵、油脂などのウェットな材料の分量が少ないと、生地は固くなるし、逆に多すぎると生地はゆるくなります。生地の状態を適切に保つために、材料を正確に計量することは重要です。しかし、何を基準にして計量すれば、「正確」と言えるのでしょうか。一般的に日本では重さを基準に粉を量りますが、アメリカのベーキングでは容積で量ります。最近では、重さで量る方が正確であると主張する人も少なくないのですが、圧倒的に、「カップ〇杯の小麦粉」という、量り方が主流です。

 計量カップの大きさは、日本ではカップ一杯が200mlであるのに対して、実際にアメリカで使われている計量カップは、1カップは約237mlです。液体を量るための計量カップとは別に、計量用の大匙スプーンをさらに巨大化させた、粉を量るための専用の計量カップがあり、これに粉をすりきりに入れて量ります。今日ではデジタル式のキッチンスケールが普及しているので、粉を量るのはそれほど手間ではありませんが、アナログ式の量りしかなかったときは、計量はかなり面倒でした。まず、ボールの重さを量り、例えばボールの重さが258グラムで必要な粉の量が150グラムだったとしたら、量りのメモリが408を指すまで、粉をボールに入れる、などというような細かい計算を瞬時にしなければいけません。それに比べると、カップに一杯に小麦粉を摺り切りに入れて量るという方法は、非常に簡単で計算を間違えるという失敗もありません。

 一方、粉の重さは、粉の種類や、粉に湿気をどれだけ含んでいるかによって、かなり違ってきます。アメリカの計量カップで、カップ一杯に小麦粉を入れて量ると、おおよそ115グラムから145グラムになります。小麦粉は冷蔵庫で保存して、粉が少し乾燥気味になると、かなり軽くなります。決して、一カップ当たりの重さは一定にはならないので、レシピのように、分量を客観的に明示する指標としては、重さの方が適切かもしれません。実際、重さで量るのは、今日では全く難しくありません。むしろ軽量カップで量る方が、調理スペースを必要とするし、そもそもアメリカの軽量カップは日本のお店には売っていません。アメリカのレシピでベーキングを頻繁にするという人は、USのアマゾンで仕入れておくことをお勧めしますが、基本的には日本レシピでしか作らないという人は、わざわざ購入する必要はないでしょう。

 しかしながら、重さで量るのがすぐれているのか、