地域性と伝統

多様性と類似性

 アメリカ人は「AとBは違うのか?」というような話題で議論するのが好きです。感謝祭のとき、お決まりのように話題になるのが、スウィートポテトとヤムは違うのか?ということです。オレンジ色をしたアメリカのスィートポテトは、感謝祭では必ずと言ってよいほど出されるメニューなのですが、このスウィートポテトのことをヤムとも言います。そして、どっからどう見ても私の目には同じものとしか見えない芋の種類について、延々と論じ続ける人が少なくありません。芋の種類だけではなく、ケージャン料理とクレオール料理は違うのか、アメリカ南部料理とソウルフードは違うのか、というように、似て異なるもの、もしくは同じものに異なる名称があるものを見つけると、それはもう大変です。そもそも、食事をするときや家庭で料理を作るときに、これはソウルフードである、これはケージャン料理である、と意識している人は稀です。そもそも何をもってケージャン料理というのかはっきりとしていないのに、さらにはっきりとしていない別のもの比べるのですから、答えが出ないのは当たり前です。

 しかしながら、実質的に違いははっきりしないものに対して、異なった呼び名が与えられているのは、大きな理由があります。アメリカ南部では、アメリカ南部料理をソウルフードという人は、ほとんどアフリカ系アメリカ人です。彼らには、ソウルフードという名称には大きな意味があるからです。それは、実際に調理法や使われる食材において、ソウルフードとアメリカ南部料理が異なっているからではなく、なぜ自分たちにとって馴染み深い料理をソウルフードと呼ぶのか、その理由が重要であるからです。料理を理解するには、その背景に文化的、歴史的なルーツを理解しなければなりません。そして、調理法や食材の使い方について、内容的にははっきりと区別できないものであっても、ルーツが違いものであれば、それぞれの名称が与えられていると考える必要があります。

Southern Appalachian 南部アパラチア  

 アパラチア山脈はカナダのベルアイルからアラバマ州のチーハマウンテンまで広がっていますが、この山脈の中央から南西にかけて、ニューヨーク州の南端からアラバマ州北部までに広がる、ブルーリッジ山脈からグレートスモーキーマウンテンズまでの山岳地帯を、アパラチア地域とよびます (Wiki)。交通の便が悪く、他の地域から孤立しがちな山岳地域で、石炭の採掘に地域の経済を大きく依存しており、独自の文化と生活習慣が残っていると言われます。1965年にAppalachian Regional Commission が設立され、より社会的、経済的に注目されるようになりました。Appalachian Regional Commissionの目的は、鉱業の機会化と、より安価な移民労働者の流入により、この地域の住民の多くが職を失なったため、地域の経済を活性化させ、産業の多様化を推進、地域の生活レベルを向上させることでした。

 アパラチア地域の料理は、伝統的な南部料理と多くの類似性があります。しかし地理的な影響により、他の南部地域のように、米食はあまり一般的ではありません。また、リスやラビットなどの、ジビエ料理が多くとられています。バターではなく、ベーコンの脂でコーンブレッドをつくり、サトウキビで作られたケーンシロップやモラセスではなく、メープルシロップをパンケーキにかけると、アパラチアン風という感じがします。この地域独自の料理を、一般的な南部料理とは別のものであり、独自の食文化があると考える傾向は、日本的に考えると「町おこし」のようなものなのかもしれません。しかし明確な区分けは難しいけれど、しかしアパラチア料理は南部料理とは違うという主張には、一理あると思います。肥沃な土地と奴隷労働によって担われたプラテーションシステムと、外部から孤立した山岳地域には異なったライフスタイルがあったとみるべきです。そしてライフスタイルが異なれば、当然食生活も違うのが当然であり、それぞれの料理が独自のルーツをもち、独自の歴史を経て発展してきたと言えるでしょう。

Cajuns and Creole ケージャンとクレオール

 私がアメリカ南部料理のことを話すと、「それはケイジャン料理のことでしょ。」と言われることがよくあります。ケイジャン料理が生まれたルイジアナ州は、17世紀から18世紀にかけて、フランスとスペインの統治下にあったため、南部の中でも特異な歴史と文化をもっています。州都であるニュー・オリンズには、フランス文化の影響が強く残っていて、 Cafe de Monde のような、フレンチコーヒーのおいしいカフェがあり、 Po-Boy とよばれる、フランスパンで作られたサンドイッチが有名です。ルイジアナ州はディープサウスの一つであり、ルイジアナ州の料理は間違いなく、アメリカ南部料理である言えますが、ルイジアナ州の料理は南部料理の中でもかなり特徴的な料理です。例えて言えば、日本の九州がアメリカ南部だとすれば、ルイジアナは長崎のような場所です。ガンボやジャンバラヤなど、ハーブを多用したスパイス使いに特徴がある料理が多くみられます。

 ルイジアナ州の料理は、ケージャンもしくは、クレオールとよばれ、ケージャンとクレオールはどう違うのか、ということがしばしば議論になります。この二つの流派の違いを理解するには、ケージャンとクレオール、それぞれの文化的ルーツを理解する必要があります。まずケイジャンとは、アカディア(Acadia) とよばれるフランス系 少数民族がルーツで、ケージャンはアカーディアンがなまったものと言われています。現在でも南ルイジアナ州の農村地域を中心に、アカーディアンと呼ばれる人々は40万人ほど住んでおり、彼らはルイジアナ州がフランスからスペインに譲渡されたとき、カナダのノバスコシア周辺地域から移住してきた人たちの子孫と考えられています。一方、クレオールは、「植民地で生まれ育った」という意味の Criolloに由来します。スペインの統治時代に、移民の2世、3世はCriolloと呼ばれ、スペイン本土から直接来た一世とは区別されました。彼らは、 フランス、スペイン、アメリカン・インディアン、 アフリカ の文化が融合した価値観、文化、生活習慣をもっていたと言われます。 

 一説には、トマトが入っているものがクレオール風で、そうでないものがケージャンと言われることもありますが、これはトマトが南米原産の食物で、トマトを使うのは、スペインの植民地文化の影響によるものだからです。実際に使われる食材では、そのように厳密に区別できるものではありません。またケイジャンのルーツであるアカディアンが、ルイジアナの農村部にあるのに対して、クレオールは多くの文化と人々が交錯する都市部にあります。従って、ケージャンが田舎の庶民の料理で、クレオールが都市部でより洗練された料理であるという、ステレオタイプ的な解釈がなされることもありますが、これらの主張は、誰がどのような立場で言うかによって解釈は異なってきます。ルイジアナ州の料理にかかわらず、実際に○○料理とよばれるもので、○○以外ではみられない顕著な特徴をもっているものなど稀です。ケージャン料理はケージャンという人が食べている料理で、クレオールというのはクレオールという人々が食べている料理、このように解釈するのがシンプルで最も誤解のない考え方なのかも知れません。

Lowcountry ローカントリー

 Low Country とはもともと低緯度の平地が莫大に広がっている様を言います。ヨーロッパではオランダやベルギーを指し、アメリカではジョージアのサバンナから、サウスカロライナ州のチャールストン あたりの、大西洋の沿岸地域を言います。この地域は、ルイジアナ州のニューオリオンズと同様に、古い南部の 歴史的遺産が多く残された地域であり、全米各地から、多くの観光客が 訪れます。異国情緒あふれるニューオリオンズと対照的に、ローカントリーはまさに南部らしいし歴史を残している地域です。

 もともとこの地域は、 全米一の米の生産地であり、南北戦争が始まるころには 全米の米の全輸出量のほとんど全てが、この地域で生産されていました。 この豊かな米の生育を支えたのは、亜熱帯性の気候と、 西アフリカにルーツをもつアフリカ系奴隷です。南北戦争終了後、 この地域の米の生産は大きく衰退していくことになり、生産の中心はカリフォルニアに移っていくのですが、アフリカから伝えた米食文化は、今日でもこの地にしっかりと根付いています。またルイジアナ州では、精米されない玄米が好んで食されると言われるの対し、ローカントリーでは精米された白い長粒米が好まれると言われています。Hoppin’ Jhon や Limpin’ Susanといった、ユニークな名前で、名前だけ聞いたら何の料理かわからない特徴的な米料理にがあります。ルイジアナ州の料理に比べると、マイルドなスパイス使いで、食べやすいものが多いと思います。

Floribbean  フロリビアン

フロリダ州は、ディープサウスの5つの州とともに、南北戦争のときにアメリカ連合軍として最初から参加した州であるので、アメリカ南部の一部であると考えて間違いありませんが、文化的には、南部の中でもかなり特異な州です。とくに州の南側、フロリダ半島の先端部分では、西インド諸島、とくにキューバからの移民が多く、この地域で話されている主な言語は南部なまりの英語ではなくて、スペイン語と言っていいくらいです。フロリビアンというのは、言うまでもなく、フロリダとカリビアンからできた造語で、クレーオールと同様に、ある特定の民族的文化要素を言うのではなく、中南米、アフリカ、ネイティブインディアン、広くはアジアを含む、多様な文化的要素が混在しているとされています。

 フロリビアンの文化的多様性は食文化に如実にあらわれており、アメリカ南部で最も食されている豆はブラックアイドピーなのですが、フロリダでは中南米で一般的な、ブラックビーンズがよく使われます。さらに文化的な多様性に加えて、特筆すべきことは、アメリカでは珍しい亜熱帯性の気候であるため、ココナッツなどのトロピカルフルーツ、ライムなどのシトラス系フルーツが多用されます。とくに、キーライムと呼ばれる酢橘のような見た目の柑橘系の果実が特産で、これを使ったキーライムパイが有名です。

Tex-Mex テックスメックス

 テキサスは Six Flags Over Texas という言葉に象徴されるよう、6つの国、(スペイン、フランス、メキシコ、テキサス共和国、アメリカ連合国、アメリカ合衆国)の一部として支配されたという、アメリカの中でもかなり複雑な歴史をもつ州です。奴隷制を支持し、アメリカ連合軍結成時から参加した州なのですが、フロリダと同様に、文化的には南部の中でもかなり特異な方です。また、人口が100万を超える大都市が3つもあり(ヒューストン、サンアントニオ、ダラス)、アメリカの州ごとのGDPではカリフォルニア州についで2位 (Wiki)、ニューヨーク州を上回ります。南部の中の一地域というよりも、テキサスという一つの州として、かなり存在感のある州と言えます。

 異彩を放っているのは食文化でも同様です。地理的には南部であっても、テキサスの食文化は、アメリカ中西部の料理としてとらえられることの方が多いです。南部では伝統的に鶏肉と豚肉が多く消費されていましたが、テキサスは歴史的に牛の放牧がさかんであり、圧倒的に牛肉が食されてきました。長時間いぶしながらじっくり火を通す、独自のBBQの技法による、ビーフブリスケなどは特に有名です。また、ティハーノ(Tejano)と呼ばれるアメリカ生まれのメキシコ系移民の子孫が、テックスメックス(Tex-Mex)とよばれる、テキサス生まれの新しいメキシコ料理を生み出しました。メキシコ本国の料理に比べると、チーズを多く使い、クミンなどのスパイス使い特徴があると言われいます。ワカモレ(guacamole)やチリコンカーン(chili con carne)など、テックスメックスは、日本で言えば、餃子やラーメンのように、アメリカ生まれのメキシコ料理として、アメリカ全土で幅広く受け入れられています。

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