アメリカ南部の飲酒事情
ミントジュレップとグラスホッパーパイ、お酒にかかわる投稿が最近続いたので、アメリカ南部の飲酒事情について、今回は少し書いておこうかと思います。
私が2002年頃、アトランタに住んでハウスシャアをしていたとき、家の賃貸契約書には、”No drug, no smoke, and no alcoholics are allowed.“ という記述がありました。アルコールは、煙草やさらに危険な薬物と同様に、依存症に陥る危険性がある邪悪なもの、という認識が、日本に比べてかなり強い印象を受けました。屋外のパブリックエリアでの飲酒は基本的に禁止されていることが多いので、日本のように、公園でお花見をしながらお酒を飲むなんてことは考えられません。お酒は飲んでもいいけど、人前で泥酔するような振る舞いは、絶対に慎むべきという認識が、共有されているような感じがしました。
実際に、アメリカには、どれだけのアルコール依存症の人がいるのか、調べてみると、やや、アメリカの患者数は他国に比較すると多い印象です。WHOの発表するデータよると、2016年、全人口の5.1%の人が、アルコール依存症であるとのに対して、アメリカでは18歳以上の人口の7%、12歳から17歳の人口比の2.8%がアルコール依存症を患っているとされています[1]。ちなみ、日本ではWHOの基準に則って算出した結果、230万人の依存症患者がいるとされており、人口比でみると2%以下です[2]。数値だけみると、アメリカの数値がずば抜けて高いというわけではありません。ただし、一度依存症に陥ると、さらに危険な薬物が簡単に手に入りやすい環境でもあるので、さらに深刻な薬物依存を併発しやすいリスクが、アメリカでは必然的に強くなるということは否めません。
お酒に対するネガティブなイメージが強いので、一般的にアメリカ南部のお料理やお菓子に、お酒が使われることは非常に少ないです。例えば、ドライフルーツを洋酒につけて作る、クリスマスケーキやクリスマスプディングは、イギリスが発祥で、イギリスの文化的影響力が及ぶ地域では、とても一般的なものですが、アメリカで同様のものが作られることは稀です。ドライフルーツは乾燥したまま使うよりかは、何かにつけておいた方が風味がますので、洋酒につける代わりに、紅茶につけて作ったりします。ビーフシチューに赤ワインを使わない場合もあります。赤ワインの代わりに赤ワインビネガーが使われたりするのです。
しかし一方で、ミントジュレップや、グラスホッパーパイのように、ニューオリンズ発祥の、お酒を使ったお菓子やドリンクは、非常に多いのです。極端な見方をすると、アメリカ南部でお酒にかかわるお菓子やドリンクのルーツは、ほとんどものはこの地域にあると言っても過言でもありません。
なぜニューオリンズに南部の飲酒文化が集中しているのかというと、禁酒法が制定された歴史的な背景に着目する必要があります。アメリカでは1920年から13年間にわたり、アメリカ合衆国憲法によって、消費のためのアルコールの製造、販売、輸送が全面的に禁じられていた時期があります。イスラム教の影響がある国を除けば、ここまで飲酒に厳しい政策をとった国は他にありません。
この禁酒法を推進しようとした政治勢力は、アメリカのキリスト教宗教団体の影響が大変強く、それゆえに、熱心なキリスト教徒が多いアメリカ南部においては、今日でもアメリカの他の地域に比べると、お酒に関するイメージがネガティブになりがちです。禁酒法を推進した宗派は、主にメソジストやバプティストなどの、アメリカでメジャーなプロテスタント宗派が含まれています。一方、イギリス聖公会、ドイツルター派、ローマカトリックなどは、アメリカ政府による道徳介入であるとして、禁酒法に反対していました[3]。
禁酒法への対応につて、キリスト教会の宗派の違いに着目すると、アメリカ南部の各州における、お酒に対する考え方も、よりはっきりと見えてきます。感が鋭い人ならすぐに理解できたと思いますが、ニューオリンズは、かつてフランスやスペインの支配下にあり、いわば、アメリカにとっては外国の宗派である、ローマカトリックの影響が、歴史的にとても強い地域なのです。信仰深いキリスト教徒が多い南部では、宗教団体が政治やその他の生活に影響を与えることは、今日においても普通のことです。アメリカ南部におけるキリスト教会の影響力を理解しないで、アメリカ南部の文化や生活を理解することは決してできません。