アメリカ南部式ベーキングでの油脂の選び方
ショートニングとラードでも書いた通り、アメリカ南部式ベーキングでの特徴の一つに、油脂の使い方があります。今回は、ショートニング以外の植物性の油脂について、取り上げたいと思います。
ベーキングに液状の植物油を使うのは、日本ではそれほどなじみがないかもしれませんが、アメリカでは非常に頻繁に使われます。小麦粉と油脂を最初に練りこむ場合や、油脂と砂糖をクリーム状にするタイプの生地は、バターやショートニングが使われますが、それ以外のクイックブレッドについては、液体の植物油を使う場合の方が、多いかもしれません。マフィンなどには、30mlから60m程度の油を、生地を作る最後の工程で加える場合が多いです。キャロットケーキやローフ型に入れて焼く、さらに大きめのケーキでは、120mlから300ml程度、かなり多めの油を使用します。油を入れると、生地全体がソフトになり、まとまりやすくなります。
これはイタリアなど地中海沿岸の国で、ベーキングにオリーブオイルが使われることと似ています。オリーブオイルは、かなり香りが強い油であるため、アメリカでは、それほど多くは使用されません。しかし最近では、健康面への影響を考えて、好んで使用する人も増えてきました。基本的に、ベーキングに使用する食物油は、グレープシード油のような、無味無臭に近いものが好まれる傾向にあります。その一方で、ピーナッツ油や、アーモンド油などナッツ系の油がベーキングとの相性がいいという人いるし、ココナッツ油など、独特のフレーバーあるものを好んで使う人います。結果として、ベーキングにはどのような油がいいのかというと、どの油でもよいというのが、ベーキングの本にのっている、最も一般的な回答です。
その一方で、どの油が体によいのかという問いには、賛否両論いろいろな意見があります。実のところ、「体に良い油は何か」という問いほど、その答えが変遷した問題はありません。かつて20世紀の日本では、動物性油脂に含まれる飽和脂肪酸よりも、不飽和脂肪酸を多く含む植物性の油脂の方がよいとされていました。とくに、リノール酸(オメガ6)を含んだ油、べに花油、コーン油、グレープシードオイル、コーン油、ゴマ油などは、人体に必要な必須脂肪酸で、悪玉コレステロールは減らす作用があり、健康に良い油と絶賛されていました。
しかしながら、21世紀になると状況は一遍します。特にリノール酸は取りすぎると免疫細胞が働きにくくなり、その結果、アトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギー性炎症疾患を引き起こすと言われています[1][2]。そして、リノール酸が摂氏200度前後に加熱されると、ヒドロキシノネナールという有害な成分が生成され、この成分が、細胞膜のリン脂質を酸化し、脳の神経細胞に影響を与えて認知症の原因になるとも警告されています[3]。
リノール酸ではなく、オレイン酸(オメガ9)を含む油ならよいのかというと、状況はそれほど単純ではなさそうです。日本でもよくつかわれているキャノーラ油は、リノール酸を減らし、オレイン酸(オメガ9)の比率が高くなるように改良された原料が使われています。しかし、改良された原料というのは、人工的に品種改良された菜種の一種であり、要は遺伝子組み換え食品です。またアメリカでの研究では、キャノーラ油をとりすぎると、認知症になるリスクが高まるということが報告されています[5]。
一方、オレイン酸を多く含むオリーブオイルは、その効用が見直されています。オリーブオイルを多く摂取する地中海式の食生活では、心血管疾患、全体的ながんの発生率、神経変性疾患、糖尿病、早期死亡のリスクが低下する可能性があると報告されています(Wiki)。あくまでも、オリーブオイルだけでなく、他の乳製品などのチーズやワインなど他の食品摂取の状況を考慮したうえでのレポートです。しかしながら、地中海式ダイエットは、有害であるとされている油の使用が少ない、この一点に着目するだけでも、この結果は注目に値するでしょう。
食事が健康に与える影響というのは、目にみえないものであり、はっきりと結論を出すことは難しいです。目に見えないものよりも、もっとはっきりと目に見える結果、経済的にどれだけ損益を被るかといことによって、主張すべきことが異なってきます。消費者としては、情報発信者がどの立場にたっているのかということを考慮する必要があります。食品会社が出ししている情報と医療関係者が出している情報、大学の研究者と農林水産省が出している情報、それぞれの立場が異なれば、主張すべき点もことなってくるし、結果としてどれも同じ内容にはなりえません。しかしある側面において真実が述べられているのであって、どの情報も嘘ではありません。今のところ、これらの事情を考慮して、油に関して言えることは、健康への害がより少なく、しかもコストがかからないで入手しやすい油という点において、オリーブオイルの一人勝ちという状況は、しばらく続きそうです。